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> 2002年5月(31)
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違和感は新たな可能性への手がかり
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2002/5/7(Tue)
スタートからわずか1週間ほどの間に朋友・KinsRoo氏とのコラボ作品がとうとう6曲に達した。自分の中にはないメロディに詞を乗せることの難しさを痛感したと語るが、失礼ながら違和感の嵐の中でKInsRooさんとしては自身の新たな側面を見つけられたのではないかと信じている。違和感はえてして新たな可能性を見つけ出す手がかりになるものだ。
そういう意味で、明かに自分とは異なるテイストの曲に挑戦したKinsRooさんはさすがというより他ない。しかしこれも経験を積んでつまらないこだわりを棄てたベテランアーティストだからこそできることなのかも。
小谷隆
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宴席の笑顔で唄え
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2002/5/8(Wed)
ウチの歌手や次期候補には唄うときの「表情」を大事にせよとうるさく言っている。声は口だけから出ているわけでなく、頭、額、頬、胸などいろいろな「スピーカー」が振動することで総合的にその人の声が構成されている。眼を見開いて頬も緩め、文字どおり「表情豊か」に唄うことで声も表情豊かになるのだ。
しかし多くの人は特に高音になると上体を強張らせてガチガチになる。そういう人には打ち上げの酒席でリラックスした表情をよく観察し、まさに緩み切った笑顔を見せた時に「その顔だよ」と指摘する。宴席は大事なレッスン場だ。
小谷隆
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日本らしさの追求へ
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2002/5/9(Thu)
カンヌなどの国際映画祭で高い評価を得る日本映画は徹底的に日本と日本人を描き切った作品ばかりだ。およそハリウッド映画を真似たような作品は歯牙にもかからない。常に評価されるのは「日本らしさ」である。日本を描くことによって、日本人としての人間観を描いてこそ、外国人にも理解できる普遍性に近づくのだろう。
そういう意味では西洋音楽、殊に昨今の黒人音楽の中途半端な模倣は当のnativeの人々にはどう聞こえるのだろうか。自分自身、これまでの作品を振り返ってみただけでもぞっとする。もっともっと日本を追求しなければ、と思う。
小谷隆